あの当時を振り返って思うのは、
自分は、
判断を間違えたわけではなかった、
ということです。
少なくとも、
その時は、
そう思っていました。
一つ一つの判断には、
自分なりに理由があった。
適当に決めていたわけでも、
投げやりだったわけでもない。
ただ、
今になって見ると、
判断をしていた
状態
そのものが、
少しずつ壊れていた様に感じます。
判断は、能力の問題だと思っていた
判断がうまくいかない時、
多くの人は、
自分の能力を疑います。
考えが甘かった。
詰めが足りなかった。
もっと冷静になるべきだった。
自分も、
そう思っていました。
でも、
後から振り返ると、
能力の問題では
ありませんでした。
判断を下していた
前提条件そのものが、
すでに歪んでいた。
睡眠が削れても、回っていた
睡眠時間は、
正直、全くと言って良いほど
足りていませんでした。
それでも、
仕事は回っていた。
大きなトラブルもない。
周囲にも気を配れているつもり。
だから、
このままで問題ないと
判断していました。
今思えば、
この「回っている」という感覚が、
判断を
最も疑わなくなる要因でした。
止まらないために、足していた
体調を崩したくなかった。
疲れを残したくなかった。
だから、
サプリを足した。
それは、
前に進むため、
というより、
止まらずに済むようにするため
だったと思います。
判断の向きが、
少しずつ、
「変える」から
「維持する」へ
移っていました。
相談しない判断が、当たり前になっていた
忙しかった。
自分がやらないと回らなかった。
だから、
誰にも相談しなかった。
相談しなくても、
決められてしまう。
それ自体が、
問題だとは
思っていませんでした。
でも、
相談しない状態が続くと、
止まる判断が、
どんどん難しくなります。
朝の感覚が変わったのは、最後だった
朝が怖くなったのは、
一番、
最後でした。
いきなり、
限界が来たわけではありません。
睡眠。
判断。
相談。
サプリ。
一つ一つは、
小さな選択でした。
ただ、
それらが積み重なった状態で、
毎日、
判断を続けていた。
その結果として、
朝の感覚が
変わって行きました。
間違えたのは、判断ではなく「状態」
今なら、
こう言えます。
判断を
間違えたのではない。
判断をしていた
状態が、
すでに
整っていなかった。
だから、
一つ一つの判断が、
少しずつ、
ズレていった。
結論は出しません
この文章は、
答えを出すためのものではありません。
ただ、
一つだけ、
問いを残します。
もし今、
判断がうまくいっていない
気がするなら。
それは、
能力や意志の問題ではなく、
判断する状態の問題かもしれません。
一度、
そこから
見直してもいい。
この話の断片は、
それぞれ、
別の記事で書いています。
睡眠の話。
サプリの話。
相談しなかった話。
朝が怖くなった話。
これは、
それらを
一つにつないだ
入口の話です。
この話は、
まだ「判断が揺れている段階」の話です。
このまま進むと、
実際にどんな状態になるのか。
その実例を、
別の記事で残しています。


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